クロスオーバーネットワーク理論
クロスオーバーネットワーク概念(連載1)
クロスオーバーネットワークはマルチウェイスピーカーシステムに使用されるフィルタ回路です。低音用スピーカーにはローパスフィルタ(LPF)、高音用スピーカーにはハイパスフィルタ(HPF)が使われます。そして両者はスピーカーで音となりフィルタリングされる元の信号に空気中でうまく合成される事が望まれます。これはノイズフィルタなどの他のフィルタにはない概念です。再び合成される事を意識してフィルタを考える必要があります。その為に必要な基礎概念をこの項では記述したいと思います。
基本概念
・音を構成するもの
私たちの耳は空気の圧力変化の波を音として感じとります。そして人間が聞こえる音は20Hzから20kHzの周波数で、20μPaから20Paの音圧とされています。音は電気的には交流で、時間と共に周期を持ち、横軸を時間軸、縦軸を音圧または電圧にとって表現されます。複数の位相や音圧の違う正弦波(図f1やf2)が合成されると波形は様々な形を持ち、音色が変化します。また逆も可能で、複雑な波形であっても、複数の正弦波に分解することができます。図f1と図f2を合成すると図f1+f2の波形になります。右下の図は、この波形のスペクトルです。図f1+f2に含まれている正弦波とそれぞれの音圧が一目でわかります。
・音を特徴付けるもの
フリー百科事典のWikipediaで音色について調べてみると、『音響学的に音色とは基音に対する上音の構成の違いが音色の違いである』とされています。この場合『音色』とは楽器のような音を発する物からのニュアンスが強いので、フィルタを考える場合は『音質』と読み替えた方が適当かも知れません。
以下を例に基音と上音(倍音)の変化で音がとのように変わるかを実験してみました。
まず基音として100Hz(1)の正弦波、それに対して上音として 300Hz(1/3), 500Hz(1/5), 700Hz(1/7), 900Hz(1/9)の5つの音源を用意しました(周波数のとなりの括弧内は振幅比)。これらを合成し、位相ずれ無し、位相ずれ有り、500Hzの音圧を±3dBづつしたものを2つの合計4つの波形を作成しました。これらがどのように音色の変化を与えるか実際に聞いて確かめてみて下さい。
A.位相ずれ無し
100Hz(1)+300Hz(1/3)+500Hz(1/5)+700Hz(1/7)+900Hz(1/9)B.位相ずれ有り
位相差は45'@300Hz, 90'@500Hz, 135'@700Hz, 180'@900HzC.位相ずれ無し -3dB@500Hz
500Hzのみ-3dBして合成D.位相ずれ無し +3dB@500Hz
500Hzのみ+3dBして合成AとBは波形がまったく異なるにもかかわらず、音質の差は感じられないと思います。しかしAと比較してCとDは微妙に異なって聞こえます。もちろん異なる音質は異なる波形をもちますが(A,C,D)、決定的に波形が音質を特徴づける要素ではない(A,B)とわかります。つまり位相よりもスペクトルの方が音質に影響を与えるという事になります。但しクロスオーバーネットワークで位相が問題にならないわけではありません。下記の『同じ周波数の合成』を読んで下さい。
・同じ周波数の合成
これまでは異なる周波数の音を合成しましたが、クロスオーバー周波数(fc)付近で起こる音の合成を想定して、ここでは同じ周波数の音の合成について考えてみます。次項『 クロスオーバーネットワークの諸特性(その1) 』
ちょうどfcと同じ周波数のサイン波をならした場合、当然ウーハー(LPF側の信号)とツィータ(HPF側の信号)から同じ音圧で音が鳴ります。この場合2つの同じ周波数を持つ音はどのように合成されるでしょうか。
左側のグラフは2つのサイン波が重なって少し見づらいですが、同じ位相のサイン波が合成されて、結果2倍の音圧を持つ波ができます。2次のクロスオーバーネットワークを逆相にした時や4次のクロスオーバーネットワークでこのような合成になります。同じ位相のサイン波は音圧2倍になりますので6dBアップします。つまり-6dBクロスで平坦な周波数特性が得られます。一方、右のグラフは同じ音圧のサイン波と90°進んだサイン波(コサイン波)を合成した例です。これは1次や3次のフィルタでこのような合成になります。この場合は合成された波形が1.414倍の音圧を持つので3dBアップします。よって-3dBクロスで平坦な周波数特性が得られます。もしfcで180°位相差がある場合は両者の音は打ち消されて音は消えてしまいます。 同じ周波数、同じ音圧をを持つ音を合成しても、位相によって0から2倍までの音圧の変化をもたらします。そしてこれは音のスペクトルに影響を与えて結果的にfc付近の音色に影響を与えます。上述の『音を特徴づけるもの』の位相はほとんど音色に影響を与えないという点と、クロスオーバー周波数の位相差が音色に影響を与えるメカニズムはややこしいですが、クロスオーバーネットワークを考える時に非常に重要な概念です。
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